清末藩 きよすえはん
≪場所≫ 下関市


 清末藩からは、勤王派商人として有名な白石正一郎
(しらいししょういちろう)が出ている。
白石は、清末藩の御用商人で、廻船問屋を営んでいた。
全国各地と交易を成したが、特に薩摩h難との貿易が盛
んで、薩摩問屋とまで言われたくらい密接であった。

 白石自身は、国学を学び、早くから尊攘思想を抱き、
多くの有志たちと交流を成している。長州藩の高杉晋作
とは、奇兵隊創設当時から交流を成し、白石自らも隊に
入隊しているなど運動に熱心であった。

 白石邸には、多くの志士たちが滞在し、京都へ上った
り下ったりする際に立ち寄った言わば、志士たちの拠点
であった。
 白石邸に立ち寄ったことがある志士たち
 ≪薩摩藩≫ 島津久光 奈良原喜八郎 海江田信義
  有馬新七 高崎正風 西郷隆盛 田中新兵衛 
  村田新八 大久保利通 吉井友実

 ≪長州藩≫ 高杉晋作 久坂玄瑞 広沢真臣
  前原一誠 桂小五郎 来島又兵衛 井上馨 
  鳥尾小弥太 伊藤博文 山県有朋 国司信濃
  周布政之助 三浦悟楼

 ≪土佐藩≫ 坂本龍馬 中岡慎太郎 田中光顕
  吉村寅太郎 谷干城

 ≪福岡藩≫ 平野国臣 野村望東尼

 ≪大村藩≫ 渡辺昇

 ≪熊本藩≫ 轟武兵衛 河上彦斎

 ≪久留米藩≫ 真木和泉

 ≪京都≫ 中山忠光 錦小路頼徳 月照

 これら幕末の有志たちの来訪を歓迎し、支援した白石
であったが、国事に莫大な資金を費やしたために商売
に失敗し、借財も重ねて後には倒産している。
 晩年は、安徳天皇をまつる阿弥陀寺が下関にでき、
赤間宮となると白石は、そこの初代宮司となっている。