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井伊 直弼  1815-1860
(いい なおすけ)
享年46歳。

通称:鉄三郎、掃部頭
号:柳王舎、柳和舎、緑舎、宗観、无根水

彦根藩主。
□11代目彦根藩主・井伊直中(なおなか)
  の14男として誕生。
  14男であったため、一生政界に出るこ
  とはあるまいと考えた直弼は、自分の
  家を”埋木舎(うもれぎのいえ)”と名づ
  けていた。
  若年時代は、学問や武術、茶道などに
  打ち込んでいた。

□12代目彦根藩主・井伊直亮(なおあき)
  が病没すると、直弼は直亮の養子と
  なっていたことから、思わず彦根藩主の
  座がめぐってきた。

□1850年、彦根藩主となり、藩政改革を
  推し進める。

□開国和親を主張し、尊王攘夷派と対立。

□1858年、大老に登用される。

□将軍継嗣問題で、一橋慶喜の擁立を
  阻み、紀州徳川家福を将軍に迎える。

□朝廷からの勅許を待たずに、独断で
  日米修好通商条約に調印。

□幕府の威信を天下に示すべく、安政の
  大獄を断行。政敵・徳川斉昭らを厳罰
  に処す。

□1860年、江戸城登城途中であった直
  弼は、桜田門外にて攘夷ら志士たち
  に惨殺される。


 文武にすぐれ、政局を離れた世捨て人風流人として、日々を暮らしたが、幸運にも藩主の座が巡ってくると、意欲的に藩政改革の野望を燃やす。
 幕政改革にも携わり、大老として、天下無敵の幕政を施行として、大反発を買った。
 安政の大獄にて、敵の殲滅を計るも桜田門にて、野望は散り去った。